カテゴリ: ドアの向こう

曲は進んでいた  私一人だけに 

ごく普通の単調な生活を送っていた女性に 突然 愛が訪れる しかし それは 秘められた恋

夜になり 偲ぶように 夢のように(夢の中に)訪れる恋

朝になると 何事も無かったように 単調な生活が繰り返される 私だけの恋 邪魔をしないで

切なくなるくらい女性の心を語った シャンソンの逸品
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彼女は 聞いているのだろか うつむいたままで目を閉じて物思いにふけているようにも見える

シェーカーを洗い 水切りに置く

ほんのりと彼女の髪からタバコの香りがした

灰皿を彼女の右側 手前に置いた

瞬間的に彼女が反応した
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「タバコは吸いません!」

チョット驚くような強い言い方だった

「スミマセン」

「いえ、ゴメンナサイ」 慌てたように取り繕う彼女

「たった今、タバコの嫌な思い出がひとつ増えてしまったばかりだったので つい」

「そうでしたか。スミマセンでした」

「いえ、本当に私が悪いんです 気にしないで下さい」
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「折角の素敵なお店の雰囲気に水を差しちゃいましたね ゴメンナサイ」

「本当は席を立つほうが良いのかもしれないけど 他のお客さんが来るまで もう少し

 居させてください」

「今 座ったばかりじゃ無いですか グラスにも口をつけたばかり ゆっくりしてらし

 ください それに 多分 今日は他のお客様はいらっしゃらないと思います」

「ありがとうございます」

グラスに口をつける 半分くらいを飲み 再びうつむいた彼女

曲は 進んでいた 刹那的な一曲  祭りが続く 

外の祭りの賑わいは最高潮に達しているが 親の居ない子が泣いている 死のうとして

いる男女 自分は安アパートの部屋からその二人を見ながら 祭りの音と子の鳴き声を

聞いている・・・・・・・・・・。
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「キレイな赤ですね」

「ありがとうございます」

彼女はグラスから醸し出される香りを楽しんでいるかのようだった

「色から想像するよりズット爽やかな香りがしますね」

・・・・・・・・彼女はグラスを見つめていた グラスが少しだけ揺れたように感じた

 すると 静かに、静かに、ゆっくりとグラスが宙に浮き上がりはじめ・・・・・・・

なかった

チョットだけ期待していたのだが カウンターに置かれたグラスは動かなかった

彼女はグラスを手で持ち上げ改めて香りを楽しむように深く深呼吸をした

それから目よりも少し高めに持ち上げ小首を傾げるようにしてカクテルライトから注がれる

グラス越しの光を楽しむように覗いていた

「こうして見ると宝石のようで、飲むのが勿体無いくらいキレイですね」

「あまり見つめていると飲み頃を逃してしまいますよ」

「飲み頃って あるんですか」

「温かい料理も作りたての温かい時が一番美味しいのと同じだと思います 個人の好みもありますので何時って

 断言は出来ませんが 気に触ったら 済みませんでした」

「いえ、気に触ったなんて こちらこそ 変なこと聞いてすみません」

そう言って彼女は微笑んだ これ以上 この話を広げるのも変なので私は黙って微笑み返した
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彼女はゆっくりと口をつけ ほんの少しだけ舐めるように飲んでみた

「オイシイ!!」

「爽やかな・・・・ん?・・・・香り?何か不思議な感じがします??」

「甘いけど後に残らない、ほろ苦いような後味が湧き出るように甘味を連れてくる 飲んだときの甘さと違う甘さ

 本当はエスプレッソのように味の濃い料理の後とか ナイト・キャップに好いと思うのですが」
 
「いえ、今の私には ピッタリのような気がします」

グラスを静かに置き 溜息をつくように肩を落とし 視線をカウンターに落とした

・・・・・・・・そうして再びあげられた顔の表情は様子がスッカリ変わっていた

 生気が無くなり青白いというより白に近く 目だけが赤く充血し視線が定まらず 薄笑いを浮かべた

 唇は紫がかっていて・・・・・・・・・

ア~~~~~ 妄想が駆け巡る

「お食事はお済ですか」

「はい、昼が遅かったので」

「カクテルのイメージはありますか」

「甘いのも嫌いじゃ無いのですが、今日はスッキリしていて・・・・・お酒は弱いほうでは無いと思うので

 多少きつめでも構いません」

「かしこまりました」

実に爽やかな笑顔 現実の女性にしか見えないが ドアをすり抜ける人は居ないだろう

思考が逆回転をしているからなのか 改めてみると 何処と無く不自然な笑顔にも思える

顔色も少し青いようにも思える

思考回路の逆回転は加速し 支離滅裂に拡散し始めている

女神の悪戯なのか魔女の下見なのか

ここまで考えてしまうと出てきたカクテルは

       ショートグラスをフリーザーに入れる

       ホワイト・ラム

       シャルトリューズ(グリーン)

       クレーム・ド・カシス

       フレシュレモン

       シェーカー

開店前に数日間水を出し続け 更に 濾過器を通した水で作ったカチワリをタップリとシャーカーに入れる

ハードシェイクが持て囃される昨今だが私はクラシカルが好き

フリーザーから出したグラスにレモンを数滴絞り 勢い良く振り切る

シェーカーから深みのあるが注がれる

フルーティーにも見えのようにも見える・・・・・・・

 サイコ 
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甘味はたつがくどさが無い 香りの高いコクを楽しむ一杯

サイコとはギリシャ神話に登場する美女に由来し 人間のを意味する

心理学のサイコロジーの語源ともなっている

曲はいつの間にか「UN REFRAIN COURAIT DANS LA RUE (街に歌が流れた)」

題名は明るいが

失恋しても 誇りは失いたくないという曲だ 何らかの複線なのだろうか?

誇りを胸に 死を・・・・・・・・背筋に冷たいものが流れる気がした

「おまたせしました」

ユックリと開いていくドアから入り込んだ光に女性のシルエットが浮かんでくる

一歩 店内に入ってきた髪の長い彼女はグレーのTシャツにダンガリーを羽織り

履きこんだストレート・ジーンズには太目の飾りの無い一本革のベルト

足元は素足にトップサイダー

(白装束では無かった)

花の配達にしては一日早い、オシボリかマットのセールスにしては雰囲気が違う

従業員を雇うつもりも無い

いずれにしても 開かないはずのドアを どうやって開けて入ってきたのか?・・・・・・

時間は ほんの僅かだったのかもしれないが 随分 長い間 沈黙のまま 見詰め合っていたように

思う

「スミマセン まだ 開店まえなもので」

「じゃあ 私が 一番ですね 入ってもいいですか?」・・・・多分 彼女は開店時間の開店と

店のオープンの開店を勘違いしたのだろう
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看板の灯も入っていない、音楽もかかっていない、開店前のバーの初めてのお客様は

女性でした(実態のある人間です・・・・・多分)

夜の世界の口切は女性が吉

「準備をしながらでいいですか?」

「はい」

私はカウンターに回りこみ 照明をバー特有のアンユイな照度まで落とし CDをセットした

一枚目に選んだのは「エディット・ピアフ」絞ったボリュームで愛の賛歌が流れ始める
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「何をお飲みになりますか」

彼女はゆっくりとバック・バーを眺め

「カクテルも好いんですか?」

「はい」

「甘いのは苦手なのでキリッとしていて・・・・少しきつめでも構いませんが」

「今時、こんな頼み方する人居ませんよね」

「いえ、そのほうが好い場合もありますから」

殆ど普段着のようなその姿を 一番キレイに見せる技を持っているのか あふれ出る魅力なのか

どんなに着飾っているよりもキレイだと思わせる爽やかさが漂ってくる

彼女は先ほど 私の座っていた カウンターの中央に座っていた

背筋をピンと伸ばし 深めに腰を落とし (人間ならば)三十路前後の女性

このバーの一杯目のカクテル 爽やかな彼女(?)に敬意を表して 何を作りましょうか

            それでは ドアを 開けてみましょうか


 真新しい壁の匂い 静かに佇む空気に

今はなんの色も感じられず、無機質な空間

 バック・バーに並んだボトルはどれも未だ封を切られてはいない

 真新しいグラスは 自らが光を放っているかのように輝いている

 黒く磨き込まれたカウンターも輝きを誇示するかのようにカクテル

ライトを受けている
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 ここは とある街の オープンを明日に控えた 小さな 小さな ショット・バー




  このバーのこだわりはただ一つ




         「貴方の時間(とき)を とめてみせましょう 

                              私のバーへいらっしゃい」

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                一羽                


 一通りの仕上げも終わり 私は カウンターからホールに廻った

 カウンターのほぼ中央 まだ 誰も座っていない 椅子に 腰を下ろしてみる

 カウンターには何も置かれていない 目に映るのは 磨き込まれたカウンターに

反射するカクテル・ライト

 バック・バーに並ぶボトルにグラス

 オープンを明日に 若干の緊張と 若干の高揚と 大きな不安が入り混じっている

 自分の心臓の音が聞こえてくるような静けさ 大きく深呼吸を一回

 自分への祝杯を取りにカウンターへ戻ろうと席を立つ、と、その瞬間に 開くはずの

無い ドアが開いた

 ドアには鍵がかかっている、祝電にしろ花にしろ 開かないドアから入れるはずが無



 ノックに対応した記憶も、ドアを開けた記憶も飛んでしまうほど緊張していた訳では

ない

 まるでスローモーションのようにドアは ゆっくりと 外の光を入れてくる

 緊張が走る 

 「このビルには その類が 住んでいるのか?」

 光と共に冷たい空気が私の身体をシルクのように優しく撫でていく

 動けない!!

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